【おひとりさま日記】いつの間にか少数派になっていた

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こんにちは。フミです。
今日も来てくださってありがとうございます。

子供の頃の私は目立つことがキライ。
自分の好みよりも、「みんながいる方」という選択をしていました。
何事も中の上ぐらいを目指していて、良くも悪くも目立たないようにしてました。
いわゆる「ふつう」でいることが楽だったんです。

初めて自分が「ふつう」から外れたと思ったのが
25歳の時に母が亡くなったことです。
令和の今は色んな家庭があるかもしれないけど、
私が20代だった西暦2000年頃は20代の人は両親が健在なのがあたりまえでした。

母の病気をきっかけに勤めていた会社を退職して
亡くなった後に就職活動をしたのですが
内定をもらった会社に入社前に直属上司にあいさつに行ったときのことです。

「実家に住んでいるの?じゃぁ家のことは全部お母さんにやってもらえるからいいね。
家に帰ったら、ご飯も洗濯物もやってあるんでしょ。」
みたいなことを言われました。
洗濯と食事の支度は父や弟の分まで私がやっていました。
母が亡くなってまだ数カ月しかたっていなくて
母の話をすると泣いてしまいそうだったので
黙って必死に涙をこらえていました。
こういう上司の下では働きたくないと思いました。

その会社を出てから泣きながら家に帰って
即、人事に電話をして内定辞退をしてしまいました。
採用面接では母が亡くなったことなどは前職をやめた理由として話していたのですが
直属の上司には伝わっていなかったようです。
その会社に入社しなかったことは全く後悔していません。
今や社名も忘れてしまいました。

後で冷静に考えると25歳なんて両親が健在であたりまえの時代。
あぁ私は「ふつう」とは違うんだなと感じた忘れられない出来事でした。
それと同時に「ふつう」だと思って知らない間に誰かを傷つけることもあるんだな。
ということも知りました。

完全に少数派になったなと思ったのは
結婚しないことを決めた時ですね。
「結婚しない」と決めた時点で他人の価値観ではなく
自分の価値観を優先することに決めたので自分自身は楽になりました。

多数派の人は少数派のことを「かわいそう」と思う人が多いような気がします。
だからこっちが気を使うんですよね。

例えば、母が亡くなってから出会った人達とのたわいのない会話中に
母親の話になったりして、母が亡くなったことを伝えると
「悪いこと聞いちゃったな」みたいな雰囲気になって
楽しい雰囲気が一変したりする。
そういう感じがイヤなので、母が亡くなったことは言わずに
適当に話したりしてました。

結婚のこともそうです。
例えば、部下の女性が上司である私に結婚の報告をするとき。
すごーく言いづらそう。
「結婚したくてもできない年上の人より先に結婚するからひがまれる」とでも思うんでしょうね。
他人が結婚しようが全く興味ないです(笑)

聞かれもしないのに「私は結婚したくなくないんだ」というのも
逆に強がっているようなので自分からは言わないですけど。
なんなら「どうして結婚しないのですか」と聞いてくれ。
語るから(笑)

45歳で転職した時。友人だと思っていた人から
「いい出会があるといいね。まだいけるよ。」って言われたこと。
この人には「結婚したくてもできなかった人」って思われているんだ~。
友人だと思っていたのに私のこと理解してもらえていなかった。
なんかすごーく下に見られている感じがしたし。
ちょっとショックでしたね。

「ふつう」ってなんだろう?
最近、問題になることが多くなってきました。
多様性が認められる社会になってきているのかもしれません。
まだ古い価値観で生きている人もたくさんいます。

少なくとも私は自分の価値観で少数派の人を傷つけるようなことはしない
と心がけています。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
たまーにモヤモヤ考えている社会のことをつぶやきたくなります。
どうか今後もお付き合いくださいね。

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